2017/02/06

最近読んだ本 2016年11月から2017月1月分

久しぶりの更新。自分用メモ更新。

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カヴァフィス全詩集
コンスタンディノス・ペトルゥ カヴァフィス / みすず書房 (1997-10)



消化しきれず。また読むつもり。

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ライフ・アフター・ゴッド
ダグラス・キャンベル クープランド / 角川書店 (1996-09)



再読。面白かった。やっぱり私はクープランドが好き。

永遠の恋人が、すぐそこにはいないということを自分に納得させるには、相当のエネルギーが必要になる。最終的に、自分を説得しきるのはとても無理なことなんだと思う。ベッドに横になったり、机の前に座ったり、橋の上方に膨らんだ雲をバックに空中旋回を続けるカモメたちを眺めたりしながら、カラダを自らの腕に抱いては、生温かい、チョコレートとウォッカの入り混じった吐息を街角で見つけた薔薇に吹きかけて無理に開花させようとしながら、分かっていたのは、感情のバランスを保つことがますます難しくなってきたということだけだった。
p.53

どうも喋り過ぎたようだ。見知らぬ人間に助けられるなんて、もしあったとしても、それほど多くはないだろう。たった一つのちっぽけな慈悲の行動が一生生き続ける想い出となってしまうほど、どうして我々の人生はこんな泥沼になっていくんだろう。どうやったら我々の人生はそこまで辿り着けるんだろう。
p.171

神なき時代に生きるボクらの人生。天国の際にありながらも、地球的な救世を求めてしまう人生。もしかしたら、これがボクらの望める最高のものなのかもしれない。とても平和な人生。夢の人生と本物の人生との境目が曖昧になっていくような瞬間。かと言って、疑念を抱きながらも、こんなコトバを発している自分がいるというのも、また事実だったりする。
p.225

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過去をもつ人
荒川 洋治 / みすず書房 (2016-07-21)



面白かった。

大学にいるだけで、いろんなことがある。だいたい、そろっているなという感じがする。世界はそれで十分なのである。その点はいまも、あまり変わりはないかもしれない。
p.19

散文は近代社会の発展に応じてつくられた、人工的なものだ。人や社会と通じるため、自分の知覚を抑えて書くので、ほんとうは人にとって不自然。個人を振り落とす怖れがある。散文は異常なものである、という見方もできるかと思う。
p.105

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インタヴューズ〈1〉マルクスからヒトラーまで
クリストファー シルヴェスター , Christopher Silvester , 新庄 哲夫 / 文藝春秋 (1998-10)



拾い読み。ところどころ面白い。

たぶん、神々はわれわれに心やさしいのです」、精神分析の父は言いつづけた。「老いてゆくにつれて、生きづらくなるようにしてあるのですから。結局、さまざまな重荷を背負うよりも死んだほうがましだと思えてくるのです」
p.373 ※フロイト

死と愛はひとつがいです。死と愛が手を組んで世界を支配しています。このことがわたしが拙書『快楽原則の彼岸』で言いたかったことです。
p.375 ※フロイト

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職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹 / スイッチパブリッシング (2015-09-10)



面白かった。

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夜の紅茶
江藤 淳 / 牧羊社 (1989-11)



面白かった。

母が亡くなったのは、今の数え方でいうと私が四歳半のときだったが、そういえば父が薔薇造りに凝り出したのも、母が死んでからであった。なにかの不在が、あとにのこされた自然の存在を、子供心にも強く印象づける、というようなことがあるのかも知れない。
p.27

エビのごとき、カニのごとき生きかたをするよりは、自分の所有が一切、一瞬のうちに暗闇に呑み込まれていくほどのマイナスを抱えて、その感触を楽しんでいるほうがよい。
p.135

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虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA) 非公開
伊藤計劃 / 早川書房 (2014-08-08)



面白かった。
映画も面白かったよ。

「Project Itoh」
http://project-itoh.com/

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VOGUE JAPAN (ヴォーグ ジャパン) 2015年 12月号



"SWEET DECADENCE"特集。新・陰翳礼讃論として、中沢新一が書いているので読んだ。面白かった。他のページもよく出来ていると思った。ファッション誌って、けっこう良い特集があるのよね。

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つづく

2016/10/27

最近読んだ本 2016年9月10月分

読書メモです。
詩集をよく読みました。秋だしね。

前回分。
Cul-de-sac: 最近読んだ本 2016年7月8月分
http://pinokojack.blogspot.jp/2016/09/201678.html

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東京の昔 (ちくま学芸文庫)
吉田 健一 / 筑摩書房 (2011-01-08)



面白かった。銀座はやっぱりイイなあ。

我々が生きているのを感じれば感じる程死を控えて今が今という時と思うものである。
p.116

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寺山修司未発表歌集 月蝕書簡 非公開
寺山 修司 / 岩波書店 (2008-02-28)



今さら読みました。
いやー、実に寺山でしたよ。
寺山の真似をしている寺山といったかんじ。
面白かった。けど、若い頃はもっと面白かったなあ。
わたしが年をとったのだな。

暗室に閉じこめられしままついに現像されることのなき蝶
p.27

ビー玉一つ失くしてきたるおとうとが目を洗いいる春のたそがれ
p.96

肖像画の中より父が失踪し正方形に暮るる冬
p.122

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谷崎潤一郎と異国の言語
野崎 歓 / 人文書院 (2003-06)



面白かった。これはもう一回読んでから何か書く。

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秋風日記―随筆集 (1978年)
福永 武彦 / 新潮社 (1978-10)

面白かった。鏡花のこと、朔太郎のこと。ボードレールのこと、ネルヴァルのこと。などなど。
執筆中に聴く音楽のリストなんかも載っていたよ。バッハのチェンバロ曲、バッハの無伴奏チェロと無伴奏ヴァイオリン、マーラーの四番五番六番、など。

ちうか、引用したいのだけど、電子書籍で読んだのでできないのだ。
ちろっと検索したところ、決定的な解決策はないようで、みな困っている。端末によってページ数がかわっちゃうからね。ここらへん、何か決まりができるといいのだけど。
これから、こういうことが増えるかも。カモ。鴨。
最近ねー、電子書籍で買うことが多くなってしまって。わりとどうでもいい本や古くて手に入らない本は電子書籍で買う。
や、この、紙の本対電子書籍については何度か書いてきているので別エントリで詳しく書くよ。もーね、時流に負けたとしか。形態としての紙の本は、ウンベルト・エーコの言うように「車輪」と同じく完璧な発明でこれが最終形態である、という認識は変わっていませんの。我々母子は超速読者なので紙がいちばん便利。でも、キンドルいいよね。というお話。キンドルの他に、丸善ヘビーユーザーとして honto も使っているよ。Kobo も仕方なく。という話も。

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快楽としての読書 海外篇 (ちくま文庫)
丸谷 才一 / 筑摩書房 (2012-05)



再読。面白かった。

今世紀の詩人を十人あげるとすれば、カヴァフィスははいるに相違ない。その偉大な、そしてほとんど未紹介の詩人を、彫心鏤骨の、しかも生きがよくて清新な訳で読む。快楽としての読書といふべきか。
p.243 ※中井久夫訳『カヴァフィス全詩集』(みすず書房) について。

(今、中井久夫訳『カヴァフィス全詩集』(みすず書房) を読んでいます。)

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増補新版 幸田文: 生誕110年、いつまでも鮮やかな物書き (文藝別冊/KAWADE夢ムック)
河出書房新社編集部 / 河出書房新社 (2014-06-28)



面白かった。幸田文、好きなので。

でも、どうもこう、この手の特集本の対談ってむず痒い。わかるかな、この痒いかんじ。接待対談というか。

幸田文本人と、石川淳、大野晋、丸谷才一の座談会は面白かった。大野晋が良い。この座談会で、最近の人のしゃべり方をどうこう言っているのだけど、幸田文の話し方は下品だったらしいね。(「ぼくは以前、テレビで幸田文を見たが、話し方に品がないのにおどろいた。」荒川洋治『本を読む前に』(新書館,1999)p.122 ) YouTube にちょこっとあがっているけど、まあ、あんまり品が良くはないね。これが東京言葉って言われたら嫌な人もいるだろうな。とまあ、そんなことを思いました。

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和歌のルール
渡部 泰明 / 笠間書院 (2014-11-04)



子供向け。娘ぴのこ (聡明で美しく勇気ある女子中学生) にどうかと思って読んでみたのだけど。
んー。この手の本って難しいんだろうなあ、と。
がんばって若者向けに書いている感じが見えすぎると言うか。
そもそも、中高生には大人向けと別に書かなくてもいいのでは。ふつう、もう大人の本を読めるよね。
内容は良かったと思う。

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短歌 2013年 12月号 [雑誌]
KADOKAWA (2013-11-25)



短歌に関するパイセンからの助言って必ずと言っていいほど人生訓になるのが気持ち悪いなあ、と思いました。

あと、電子書籍に関するミニ特集がありまして、「端末って何ですか」というレベルからがんばって電子書籍を買って読んでみる「体あたり」「体験レポート」という記事が載っているあたり、この雑誌を買う人の層がそうなんだろうなと。層がそう。まあ、そういうカンジ。

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本は、これから (岩波新書)
池澤 夏樹 / 岩波書店 (2010-11-20)



ここ最近、電子書籍で買うことが増えてきたので読んだ。

池澤夏樹編のエッセイ集。だいたい面白かった。池上彰とか松岡正剛とか上野千鶴子なんかも書いているけど、そこらへんは斜め読みでいい。

どうもこう、ノスタルジックな何かとしての紙の本、という切り口はむず痒い。そうじゃないんだよなあ。
わたしは、機能面でも紙の本が優れているところもあると思うので、そこらへんをちゃんと書いてあるものが面白かったよ。

奇妙なことに、「コデックス革命」以来の書物の歴史に逆行するかのように、ウェブサイトや一部の電子ブックにおいてページ概念が消滅している。ウェブデザインの初期には、「ホームページ」という言葉に象徴されるように、ページ概念がかろうじて留められていた。それがブログにとって代わられ、テクストの「巻物化」が顕著となった。ウェブ上では、「何ページ、何行目」という「座標軸」を使った知の共有ができない。さらに Twitter にいたって、「巻物」すら解体され、「竹簡・木簡」へと先祖返りしつつある。
p.66  ※「装丁と「書物の身体性」」桂川潤 pp.63-69 より

世の中に不要な本があると言っているのではない。すべての本に行きつく回路は、いうまでもなく開かれていたほうがよい。だが見果てぬ夢を手にした人々があまり幸せそうにみえないのは、喧伝される自由がそれほど楽しくないからだ。本を選ぶのはただでさえ大仕事なのに、「すべての本」からとなれば疲れるのは当然だ。検索エンジンを使って、あたかも自分の手で選んだかのような結果だけをスライドショーのように繰り出し続けることと、物理的に本を発見することは同じではない。アルゴリズムを借りたプロセスは、自分と本の中に記憶されない。
p.111 ※「誰もすべての本を知らない」柴野京子 pp.105-111 より

電子リーダーで読んだ本は、「この辺りにこんなことが書いてあった」と直感的にページを捲りなおすことが難しいと僕は実感しています。つまり、リーダーでの読書は体から遠い場所に記憶が保存されていると思うのです。
p.212 ※「本と体」幅允孝 pp.201-216 より

今道友信先生は今年に入ってのスピーチの中で、情報は知識になるが、本を読んで考えることは認識になる。知識と認識は違うことを知らなければならないと云われた。
p.229 ※「紙の本に囲まれて」福原義春 pp.224-230 より


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プーチンの実像 証言で暴く「皇帝」の素顔
朝日新聞国際報道部 , 駒木明義 , 吉田美智子 , 梅原季哉 / 朝日新聞出版 (2015-10-20)



今さら読みました。ちうか、ざっと斜め読みしたきりになっていたのを、一応ちゃんと読んだよ。

まあまあ、面白かった。よくある悪の帝王本とは違うね。ちゃんと書かれていると思う。

全国一億二千万人のプーチン閣下ファンにとっては耳タコ話も多いけれども、最近興味をもったという希少種の人たちは読むといいよ。閣下がどうやってのし上がってきたのかがコンパクトにまとめてあって分かりやすい。

けどね、やはり、ところどころ、おかしい。むむっと思うところがいつくもあったよ。

わかりやすい箇所として。
プーチン閣下が小さい頃住んでいたアパートにはネズミが出た。あるとき、子供の閣下はネズミを追いかけて廊下の隅に追い詰めた。ということを、本人がインタビューで言っているのね。これを受けて、

「プーチンは自分より弱いとみなす人たちは隅に追い詰めても構わないと考えているようだ」p.189

という意見を紹介しているわけさ。
いやいやいやいやいやいや。これおかしいでしょう。ネズミ追っかけてそこまで言われるのかー。
わたしは自分にとって害と思う弱い生き物 (蚊とか) は容赦なく殺すので、「殺しても構わないと考えているようだ」なーんて言われちゃうんだなー。そうかー。ま、そうかもしれんけどね。

これ、「プーチンを直接知る人たち」へのインタビューによる取材、ということをウリにしているのだけど、まー、こうなっちゃうだろうな、という感じ。インタビューって擬似客観性の演出にぴったりだよね。朝日に限った話ではなく、えねーちけー様も得意な技だ。

もひとつ。どうにもすっきりしないのが、「第一五章 「引き分け」の舞台裏」だ。

2012年の大統領選直前のグループインタビューの話。これが、朝日様の手柄話として書かれているのだけど、実際はだいぶ違ったのよ。ということを、当時、リアルタイムでさんざん書いたのでリンクしておく。このとき頑張った若宮さん、亡くなったからね。あんまり書くとまた故人の悪口言うお前が死ねとか言われるんで、リンクだけにしとくよ。(一応付け加えておくと、若宮さん個人の悪口は書いてませんよ)

March 2nd, 2012 - Salut ! http://pinokojack.livejournal.com/2012/03/02/
March 3rd, 2012 - Salut ! http://pinokojack.livejournal.com/2012/03/03/

一ヶ所だけ引用。

「ところで。しつこいようですが。閣下の国外メディア会見の話。一昨日の会見では、ドイツ、イタリア、フランス、日本、英国、カナダのメディア代表者がプーチン閣下といっしょのテーブルにつきました。で、ドイツ、イタリア、フランス、英国、カナダのメディアが続々と記事をアップしているなか、日本の朝日は北方領土問題を大々的に報道したきり、総括的な記事は出していない。」 http://pinokojack.livejournal.com/2012/03/03/

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アマリアの別荘
パスカル・キニャール / 青土社 (2010-05-25)



面白かった。
主人公の女性が、ガンガン身辺整理をするところにグッとくる。
人があっさり死ぬところにもグッとくる。
死はすぐそこにあるんだなあ。

日記ブログに書いた感想をコピーしておくよ。

「パスカル・キニャール『アマリアの別荘』を再読。とても良い。
主人公の女性がガンガン身辺整理をしてそれまでと違う生き方を始めるの。いろんなものをガンガン捨てる。連絡手段も捨てる。男も捨てる。そして、「アマリアの別荘」に住むことになり……。と、ここからは圧倒的な幸福と不幸が溢れる強烈なお話になっていくのだけども、そこまでの身辺整理のところからもうイイのよね。グッとくる。

いろんなものを捨てるのってイイよね。どんどん自由になるかんじ。
いっそ自分自身もどこかに捨ててしまいたい。空になりたい。「そら」でも「から」でも「くう」でも何でもいい。空になりたいねえ。」
https://goo.gl/rriiPi

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東京日記―リチャード・ブローティガン詩集
リチャード ブローティガン / 思潮社 (1992-08)



とても良かった。

「東京/一九七六年六月十一日」
ぼくが今日早くに
手紙に書いた
   五つの詩が
パスポートを入れているのと
おなじポケットにある 詩とパスポートは
おなじものなのだ 
Tokyo / June 11, 1976
pp.123-124

「タクシーの運転手」
ぼくはこのタクシーの運転手が好きだ
まるで生きることに意味がないみたいに
   東京の
暗い通りをかれはとばしてゆく
ぼくもおなじように感じているんだ 
東京
一九七六年六月七日
午後十時
Taxi Driver
p.149

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ほんとうの私
ミラン クンデラ / 集英社 (1997-10)



まあまあ面白かった。けれども。
ぐぐっと迫ってくる場面がないんだなあ。クンデラなのに。

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小説の技法 (岩波文庫)
ミラン・クンデラ / 岩波書店 (2016-05-18)



まあまあ面白かった。が、少し窮屈な気も。いずれ詳しく書く。

人間は諸科学の飛躍的な発展によって、様々に専門化された領域のトンネルに押しやられ、知識が増えれば増えるほど、世界の全体もじぶん自身も見失っていった。その結果、フッサールの弟子のハイデガーが「存在忘却」という美しく、ほとんど魔術的な言い回しで呼んだものの中に沈み込むことになった。
p.12

ただ小説だけが発見できることを発見することこそ小説の唯一の存在理由だ、と執拗に繰りかえし述べたヘルマン・ブロッホを私は理解し、彼に賛同する。それまで未知だった実存の一部分でも発見しない小説は不道徳であり、認識こそが小説の唯一のモラルなのだ。
p.14

一見、現在時ほど明白で、触知でき、確実なものはありません。とはいえ、現在時は私たちの手から完全に逃れるものであり、人生の悲しみのすべてはそこにある。
p.39

美とは、もはや希望がなくなった人間に可能な最後の勝利のことだ。芸術における美とは、不意に輝き出す、かつて言われたことのないものの光であり、時間は偉大な小説から発するこの光を暗くす
ることはできない。というのも、人間の実存はたえず人間によって忘れられるので、たとえいかに古いものだろうと、小説家たちの発見は私たちを驚かすことをけっしてやめないからだ。
pp.169-170

忘却とは、絶対的な不正であると同時に絶対的な慰めのことなのだ。
p.200

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フランス名詩選 (岩波文庫)
安藤 元雄 , 渋沢 孝輔 , 入沢 康夫 / 岩波書店 (1998-03-26)



対訳本です。とても良い。
ああ、わたしやっぱり、フランス文学が大好きだ。

61 Le Vin perdu
Paul Valéry 
J,ai, quelque jour, dans l'Océan,
( Mais je ne sais plus sous quels cieux )
Jeté, comme offrande au néant,
Tout un peu de vin précieux... 
Qui voulut ta perte, ô liqueur ?
J'obéis peut-être au devin ?
Peut-être au souci de mon cœur,
Songeant au sang, versant le vin ? 
Sa transparence accoutumée
Après une rose fumée
Reprit aussi pure la mer... 
Perdu ce vin, ivres les ondes ! ...
J'ai vu bondir dans l'air amer
Les figures les plus profondes...

61 消えうせた葡萄酒
ポール・ヴァレリー 
いつだったか、私は、大海原に、
(どこの空の下だったかは忘れたが)
そそいでやった、虚無への捧げ物として、
ほんの少しの 貴重な葡萄酒を…… 
誰がおまえを捨てたりしようか、おお 酒よ?
あるいは私は占い師に従ったのか?
それとも 心の不安にかられながら、
血を流す思いで葡萄酒を流したか? 
いつもながらの透明さを
一陣の薔薇色の煙のあとで
あんなにも純粋に 海はふたたび取り戻し…… 
この葡萄酒の消えたとき、酔ったのだ 波が!……
私は見た 潮風の中へ躍り出る
底知れぬものの形の数々を…… 
pp.226-229


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長くなっちゃったので、いったん切ります。
続きはそのうち。

2016/09/05

最近読んだ本 2016年7月8月分

七月八月分の読書メモ。
夏はたくさん読んで、たくさん忘れた。再読も多かった。

前回。最近読んだ本 2016年5月6月分
http://pinokojack.blogspot.jp/2016/06/201656.html
夏休み号外。最近読んだ本から中学生にお薦めなど
http://pinokojack.blogspot.jp/2016/08/blog-post.html
※一部内容がだぶります。

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パリの日本人 (中公文庫)
鹿島 茂 / 中央公論新社 (2015-12-19)



目次。

明治の元勲・西園寺公望
江戸最後の粋人・成島柳北
平民宰相・原敬
日本美術の大恩人・林忠正
宮様総理・東久邇宮稔彦
京都の親仏派・稲畑勝太郎
人間交差点・松尾邦之助
コレクター・石黒敬七
山の手作家・獅子文六
妖婦・中平・武林・宮田文子
諏訪老人についての短い覚書

面白い人がたくさん出てくるよ。メゾン・クローズの話もたくさん。
「人間交差点・松尾邦之助」「コレクター・石黒敬七」が特に面白かった。やー、面白かったね。全文引用したいくらい。

両次大戦間 (一九二〇―三〇年代) のパリで、さまざまに交錯する人間関係が一ヶ所に集まるような人間交差点的日本人を一人選ぶとしたら、それは衆目の一致するところ松尾邦之助ということになるだろう。げんに、私はいま、この時代にパリを訪れた日本人の回想録を虱潰しに読んでいる最中だが、どの本を開いても松尾邦之助という名前が出てこないものはない。
p.166

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パリ・世紀末パノラマ館―エッフェル塔からチョコレートまで
鹿島 茂 / 角川春樹事務所 (1996-03)



面白かった。
パリと言えばオサレと思っている馬鹿女は知りたくないかもしれないことがたくさん書いてあってとても良い。
汚くて暗くて臭いところとかねー。

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パリでひとりぼっち
鹿島 茂 / 講談社 (2006-10-31)



1912年のパリに日本人の学生が放り出されて頑張る、時代体験小説。面白かった。
若者の成長物語って、小中学生の頃ってよく読んだよね。この小説もたぶんターゲットは小中学生なんだろうな。あっという間に一気に読めちゃうよ。
日本の子供が読むには、パリがあまりにも悪くて汚くて臭い。そこがイイ。

主人公コマキ・オオミヤのモデルは、この人らしい。

筑摩書房 種蒔く人 小牧近江の青春 /
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480823212/

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パリの秘密 (中公文庫)
鹿島 茂 / 中央公論新社 (2010-03)



パリ愛にあふれたエッセイ集。面白かった。
有名な観光スポットじゃないところもたくさん出てきて、それぞれ面白いのよ。いいね、パリ。

凡庸な場所でも、掘れば伝説が湧いて出る都市、それがパリなのである。
p.131

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心理
荒川 洋治 / みすず書房 (2005-05-03)



「美しい村」が良かった。

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夜のある町で
荒川 洋治 / みすず書房 (1998-07)



エッセイ集。
朗読についての「声」、宮沢賢治崇拝批判の「注文のない世界」が良かった。

人前に出ると「なまの身体をさらけだす」よろこびがあるそうだ。詩人のからだなど見たくもない。舞台に立つと、「他者」が見えるそうだ。客席が見えるだけなのに。
p.220

朗読をはじめると、同音異義語など、耳にやっかいな表現を排し、耳に意味が届くとろけた言葉を好んで使って書くようになるので言葉も思考もやせほそる。朗読詩人 (現代詩人の大多数) は例外なく知名度を高め、みずからの詩の質量を落とした。
p.220

詩論や考えが見たところかなりちがう、たとえば保守的な考えをもつ先行詩人の一部とフランス思想系の青年詩人が朗読集会となると立場、主義主張を忘れ、にこにこ顔でジョイント、朗読効果を仲むつまじく語り合う不思議。もともと自分をもたない人たちが、詩を書いてきたのだろう。
p.221

みずからの日ごろの汚れには目をつぶり、夭折という偶然によって晩節の汚れから逃れた詩人を美化することで満足している国民はいいとしても、数々の体験をくぐったはずの現代の詩人までが「宮沢派」であるのは、現代の詩に身を切るような歴史が存在しなかったことの証しかもしれない。
p.226 ※詩人とは宮沢賢治のこと。

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戸惑う窓
堀江 敏幸 / 中央公論新社 (2014-01-09)



プルーストに関する章が良かった。

不意に自分のものになった、バルベックのグランドホテルの窓。同じ季節のおなじ時間帯に、これまで数多くの宿泊客が眺めたはずの開かれた景色が、「私」にとっては唯一無二の絵画になる。失われた過去ではなく、失われるであろう未来を先取りして回復するための重要な役割をこの窓が担うのだ。同時にそれは、過ぎていく時間の、刻々の死を意識する契機にもなる。窓に区切られた海への眼差しは、やがて作中の小説家ベルゴットが最期に目にした「黄色い小さな壁」と響き合うだろう。揺れ動く青い波と、静かに陽を浴びてじっと動かず、ただ時の流れだけを受け止めているフェルメールの、《デルフトの眺望》に描かれた壁。中心的な主題を担っているわけでもないその黄色い小さな壁にあえて愛を表明することは、生と死を反転させるに等しい。
p.95 ※プルースト『失われた時を求めて』についての章より。

『失われた時を求めて』には窓が多く描かれているけれど、バルベックのグランドホテルで語り手が自身の変貌を見届けたこの窓は、まばゆい光と翳を金色の音のなかに取り込み、生と死の双方から私たちをいつまでも幻惑しつづけるのである。
p.98

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振り子で言葉を探るように
堀江 敏幸 / 毎日新聞社 (2012-03-15)



真面目で愛のある書評集。面白かった。

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バン・マリーへの手紙
堀江 敏幸 / 岩波書店 (2007-05-18)



堀江敏幸の文章はとても好きだ。好きなのだが。

この作品ね、のっけから、牛乳は噛んで飲めと言う女教師が出てくるの。しかも、美しい人として書かれている。「他の先生とちがっていたのは、給食の牛乳について一家言を持っていた」(p.3)なんて書いてあって、何だかもうこの時点でげんなり。昔は、こういう馬鹿女教師って多かったんだよ。他の先生とちがわないちがわない。試しにググッてみると、小さい頃馬鹿教師にこういうデマを得意顔で吹きこまれたって人がたくさん見つかる。いや、まあ、「バン・マリー」っていうのは湯煎のことで、それに繋がる話で、それ自体はとてもこう美しく書かれてはいるのですがね。「牛乳を飲まない子はけっして大きくなれません」(p.4)なんて得意気に言う馬鹿教師を美しい人として書かれてもなあ。「牛乳は、噛んで飲むものよ。いったいどこで習ったのか、彼女は給食のたびにかならずそう繰り返して、子どもたちがごくごく飲み干してしまわないよう監視」 (pp.4-5)するって、何この監獄。しかもこの女、自分も牛乳を「咀嚼」して飲むのよね。なんて下品な。きもちわる。

と思いつつ、我慢して次の章へ読み進むと。ああ。香水とポプリが悪者になっている。はあ。またか。何だかなあ。

というわけで、残りは斜め読みになってしまいました。何だかあまり楽しめなかったよ。
香水のことはおいといても、給食のたびに子供らがちゃんと牛乳を噛んでいるのか目を光らせる馬鹿女教師を美しい思い出として描いている時点で、かなりアレでした。ドレ。

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澁澤龍彦の手紙
出口 裕弘 / 朝日新聞社 (1997-05)



たいへん面白かった。
澁澤はパクリばっかりとか言ってほとんど読んでもいないのに馬鹿にしたがる僕ちゃんたちに読んでほしいわ。

五十歳になった澁澤は、連載エッセー『玩物草紙』に、「家」と題して血洗島のことを書き、澁澤龍彦も年だな、などといわれた。しかし、年も何もない、彼の文学の大根はノスタルジーである。
p. 52

小説には「枠」が要るよ、というのが彼の主張だった。遠まわしな言い方だが、本歌取りの形でしかもう小説は成立しない、というのが彼の真意なのだ。
p. 66

四十五、六歳までの澁澤の仕事は、大筋のところ、フランスの作家――だけではない、フランス語で発表したヨーロッパの作家、詩人、思想家、美術史家、文明史家たちの著書の、目も綾なコラージュといったものである。
p.66

その澁澤が、四十七歳で雜誌「文藝」に「思考の紋章学」を書いたころから、変わった。「原書の翻訳・引用が地の文に溶けこんでしまう」という危ない文章術は、打ち切りになる。そんな芸当に頼らなくても、奇書を漁って三十年の蓄積が、この年あたりからものをいいはじめる。
p.68

デクラマトゥールの知的講談――私が北大へ赴任する前、鎌倉市小町の澁澤の家で、野沢協と澁澤と私の三人が、ディドロの「哲学的断想」の輪読会をやったことがある。その本によく出てきたのが「デクラマトゥール」である。辞書には「美辞麗句屋」とあり、内容空疎なほら吹き言論人のことだ。それをあえて自称してみせたのも、澁澤の余裕であろう。
p.180 ※昭和三十四年十二月二十六日付の手紙に「”西欧思想史における黒い部分”とか何とかいう、例によって例のごとき、デクラマトゥールの知的講談を書きおろす予定。」とあることについて。

筆談に熟達した彼は、いつもたくさん用意してあった紙片に、2Bぐらいの鉛筆で、
――胎児で死んでも、八十で死んでも、おんなじだ。おんなじなんだ。
そう書いた。ほんとだよ、まちがいないよ、という眼の色で。
p.194

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のちの思いに
辻 邦生 / 日本経済新聞社 (1999-12)



夢のように美しい回想風の辻邦生最後の作品。他のエッセイで読んで知っているエピソードも、また違う印象で読んだ。というかもう、本当にキラキラの青春で、わたしのようなクズでもキュンとしちゃうわ。

先生はたえず本を読んでいた。食事をしながら、歩きながら、お喋りしながら、読んでいた。
p.41 ※中村真一郎のこと。

たしかに中村さんには乱読の傾向があった。何でも手当たりしだいに読んでゆく。ある時、私は中村先生が読むものがないと電話帳まで読むというのを聞いたことがある。たしかノイローゼで病院に監禁中の頃の話である。先生のまわりから読めるような書物はすべて遠ざけられてしまったのだろう。
p.41 ※中村真一郎のこと。

「昼間、雨戸を閉めて集中して電気までつけて本を読んでおられた頃、一番最初に読み終えた本は何でしたか?」
「アナトール・フランスの『タイース』でした」。先生はその本のタイトルを頭の中で反芻するような表情で言われた。
「中学二年くらいの年でしたかね。最初に、全部フランス語で読めたというので、自分でも感激したんでしょう。本の裏に読みおえた日の日付を記しました」
pp.42-43 ※渡辺一夫のこと。

「こんなきれいな池にきたことがないわ」
昔、母が私は特別にいい星の下に生まれたのだと言ったことを思いだした。母のその言葉がつくづく本当のような気がした。こうして湖畔に横たわって空を見ていると、自分にはもう何もかも全ての「よきもの」が与えられているのだと、心底から信じることができた。
p.155

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私自身のための優しい回想 (新潮文庫)
フランソワーズ サガン , 朝吹 三吉 , Francoise Sagan / 新潮社 (1995-07)



再読。これは小説じゃなくてエッセイ。面白いよ、サガン。馬鹿OLの必読書だったせいで過小評価……という話は何度も書いたか。書いたな。
賭博やサルトルについて書いている章が良い。面白い。
プルースト『失われた時を求めて』を読み通せない人へ、自分の経験から、『アルベルチーヌ』から読むという方法を紹介しているところも面白い。頭から読んで『スワン』で挫折した人は試してみてはどうでしょう。どうでしょう。
これまでも何度か引用してきましたけれども、いくつかまた引いておく。

私はここで賭博の魅力について説明しようとは思わない。人はそれを感じるか感じないかのいずれかであって、賭博好きは生まれつきなのだ、あたかも生まれつき赤毛であるとか、頭がいいとか、恨みっぽいとかと同様である。
p.27

真の賭博者が意地悪で、吝嗇で、喧嘩好きであることは稀でしかないことも事実で、一般に寛容が彼らの性格なのだ。自分の所有物を失うことを恐れない人々、どんな物質的・精神的な所有もかりそめのものと考える人々、あらゆる敗北を不運とみなし、あらゆる勝利を天の贈り物と考える人々がみなそうであるように。
p.28

現代というわれわれの時代は忌わしい時代だ、そこでは冒険、予想外のこと、不合理なことは絶えず数字に、欠損あるいは計算に対決させられて、拒否される。哀れな時代だ、人が自分の責任で死ぬことを禁じる時代、その霊魂の計算すべからざる価値のためにではなく、その残骸の予め計算されつくした値段のために禁じるこの時代は。
pp.75-76

スピードへの好みはスポーツとは何の関係もない。それが賭けや偶然に通じるように、スピードは生きる幸福に通じる。そしてそれゆえ、この生きる幸福の中につねに漂っている死への漠とした希望にも通じるのである。これが、結局のところ、私が真実と思うすべてだ。スピードは何らかの徴でもなければ証明でもなく、挑撥でもなければ挑戦でもない、それは幸福の躍動なのだ。
p.78 ※「幸福」に「よろこび」のルビ。

あなたはあなたの世代の最も知的な、そして最も誠実ないくつかの書物を書きましたし、またフランス文学全体の中でも最も才能に輝く書物、『言葉』をさえ書いたのです。
p.148 ※サルトル『言葉』について。

「あなたってほんとうに親切な女だな。でもそれはいい兆でね、頭のいい人は必ず親切なものなんだ。ぼくは頭がよくて意地悪な男は一人しか知らないが、でも、そいつは同性愛の男で、まるで砂漠の中で暮していたようなものだった」。
p. 155 ※サルトルの言葉。

私はこの読書という領域では、競技者としておよそ古典的な経路をへたことを告白する、つまり十三歳で『地上の糧』〔ジッド〕を、十四歳で『反抗的人間』〔カミュ〕を、十六歳で『イリュミナシオン』〔ランボー〕を……。私は、ここ何十年らい思春期の人々が飛び越えてきたのと同じハードルを飛び越えたわけだ。
p.160

ジッドのすぐあとにカミュと『反抗的人間』がやって来た。私はその少し前、二ヶ月か三ヶ月前に信仰を失くしていて、そのことにばかげた、そして少し怖れの混った誇りをいだいていた。
p.162

それで、私は『反抗的人間』とカミュの確固とした声を発見して心がとても軽くなった。彼もまたこの重くのしかかる神の不在について長々と論じていた。神がいない代りに《人間》がいる、と、この優しい夢想家は私に語りかけた、《一方は他方の代りをする》と。一方は他方の怠慢によって生じるあらゆる疑問にたいする答なのだ、と。
p.164

私はプルーストの作品全体の中の唯一やま場、唯一の出来事、唯一の不慮の事件、プルーストが「偶然」に声を貸しあたえる唯一の場合、「偶然」が一通の電報という形の下に現われる唯一の箇所から読みはじめたのだ。
p.172
私は『スワン』に意気沮喪した多くの友人を、この道筋をたどらせることによってプルーストの愛読者とすることに成功した。彼らは私と同じように『アルベルチーヌ』によって喉元をつかまれたのである。
p.172 ※祖母の古い家の屋根裏部屋にあった本のうち、プルーストのものは『消え去ったアルベルチーヌ』だけだった、この一冊から読みはじめたので挫折しなかった、という話。

要するに私は、プルーストによって私の情熱〔文学〕の中に存在する困難と、序列の感覚とを学んだのだった。いや、私はプルーストからすべてを学んだといえる。
p.174

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愛と同じくらい孤独 (新潮文庫 サ 2-15)
フランソワーズ サガン , 朝吹 由起子 , Francoise Sagan / 新潮社 (1979-05)



サガン、いいよ。面白かった。馬鹿OLの必読書だったせいで……って話はもう何度も書いたな。

わたしは人の持つ安心感や人を落ち着かせるものが大嫌いです。精神的にでも肉体的にでも、過剰なものがあると休まるのです。わたしは安心させないものなら何にでも惹かれるのです。安全をわたしは求めないのです、安心が好きか嫌いかもわからないくらいです。どういうふうに考えていいのかわからりません。考えないわけです。わたしは所有することやお金を倹約することが嫌いです。
p.54

自分の中の何かが硬直していたり、安定していたり、動かなくなったりしているとパニックに襲われるのです。自分と外部との間に柵があるみたいで。わたしは習慣とか、親しんでしまって場所が嫌いで、家を引っ越してばかりいます。もう癖みたいになってしまいました。
p.56

作家というのは気の狂った嘘つき、自分の想像の被害者、空話症患者、狂人なのです、まともな作家なんていません。
p.82

一つの芸術を伸ばす唯一の方法は、一人一人がまず自分のために、自分の感じるままに創造することを認めることです。
p.90

わたしにとってのバランスは、夜は恐怖なしにベッドに入り、朝は落胆することなく目覚めることです。
p.125

手に入れられるようなものは大嫌いです、自分の物を持たないのが好きです、所有する暇がないんです。本を読むのは好きですけど、読み終えれば人にあげてしまいます。でもいつも昔からの物を運んできていますけど、古いピアノと少しへこんでしまった古いソファを。でもまわりを変えます、新しい窓とか新しい眺めを。わたし自身は何もしません。引越しのときは姿を消してしまうほどです。戻ってくると、《ここがあなたの寝室です》と言われて、すっかりいい気になって寝るんです。放浪者なんですね。ホテルにはぜひ住んでみたいのですが、子供がいるから無理です。
p.128

わたしは七年以上続いた恋愛はしたことがありません、肉体は七年おきに新しくなると言いますね。
p.149

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これがニーチェだ (講談社現代新書)
永井 均 / 講談社 (1998-05-20)



面白かった。入門書としても良いと思った。
こりゃあ、中学生が読んだらかぶれるわねえ。でも、若いってそういうことなんだから、かぶれていいと思うのよね。
大江健三郎に胡散臭さを感じている全ての中学生におすすめだ。
(大江健三郎を引き合いに出しているところがあるのです)

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日記で読む文豪の部屋
柏木 博 / 白水社 (2014-03-12)

文章がひどすぎて読むのが苦痛だった。
重複が多い。テキトーなところで改行していて段落が段落の役割を果たしていない。とってつけたような唐突な引用が意味をなしていない。当たり前のことをさも自分で発見した重大事のごとくドヤ顔で書く。等など。学部生がでっちあげたレポートを読まされている気分。
内容は、ところどころ面白いところもあったような。忘れた。

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ことばの見本帖 (ことばのために 別冊)
荒川 洋治 , 関川 夏央 , 高橋 源一郎 , 平田 オリザ , 加藤 典洋 / 岩波書店 (2009-07-30)



関川夏央の「「小説を読む」とはどういうことか――夏目漱石『坊っちゃん』に即して」が良かった。中学生くらいで読むといい。学校の国語教育なんて少しも役にも立たない、どころか、害にしかならないからね。こういう本を読むといいよ。

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芝生の復讐 (新潮文庫)
リチャード ブローティガン / 新潮社 (2008-03-28)



ブローティガン、いいね。いいよ、ブローティガン。
暗くて懐かしい。

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伊藤整全集〈21〉 (1973年)
伊藤 整 / 新潮社 (1973)
http://amzn.to/2bO3zYY

ちょっと確かめたいことがあって手にとったら、全部読んじゃったよ。面白かった。

人間の注意を本当に惹くのは、美しい顔や立派な着物ではない。そんなものはこの世にありふれたものであって、乞食が持っていなければ王族が持って居り、王族が持っていなければ闇屋が持っているものである。そんなものに誰も本当の注意を払いはしない。しかしそういう幸福らしい外的条件が、不安や不幸と結びついた時、初めてそれがそこに存在していたことに人は気がつくのである。
p.82 (「伊藤整氏の生活と意見」)

ミルクはコンデンスされ、砂糖を加えられた時にのみその真の風味を持つものであることを氏は幼少の時代から確信している。
p.102 (「伊藤整氏の生活と意見」)

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小説の書き方 (新潮選書)
井上 光晴 / 新潮社 (1988-08)
http://amzn.to/2c1VAn6

つまらなかった。
「しいたげられた人間」「理不尽な状況に対して怒りをおぼえたりする心の響き」(p.81) が小説を書く動機で、運命とか魂がどうとかって話。
素朴な小説観ですね、これ。
可哀想な朝鮮人や売春婦の話も多くて、まあ、その手の話大好きなサベツハンタイな人たちは面白いかもしれません。
まあ、そういう本です。

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ゲーテ格言集 (新潮文庫)
ゲーテ / 新潮社 (1952-06-27)



ネットでもゲーテの格言って人気あるよね。面白かった。
でもね、こういうフラグメントって、すーっと抜けちゃうね。忘れちゃう。

人間がほんとに悪くなると、人を傷つけて喜ぶこと以外に興味を持たなくなる。
(「格言と反省」から)
p.26

青年は教えられるより、刺激されることを欲する。
(「詩と真実」第二部第八巻から)
p.41

驚きは人類の最上の部分である。
(「ファウスト」第二部六二七一行)
p.64

「なぜ、私は移ろい易いのですか。おお、ジュピターよ」と、美が尋ねた。
「移ろい易いものだけを美しくしたのだ」と、神は答えた。
(「四季」夏の部から)
p.73

苦しみが残して行ったものを味わえ!
苦難も過ぎてしまえば、甘い。
(「格言的」から)
p.125

二つの平和な暴力がある。法律と礼儀作法とがそれだ。
(「格言と反省」から)
p.149

実際の道徳の世界は大部分悪意と嫉妬から成り立っている。
(「格言と反省」から)
p.150

無知な正直者がしばしば最も巧妙な食わせ者の手くだを見抜く。
(「格言と反省」から)
p.171


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メモをとったぶんは、こんなところ。
他に、ブコウスキーをがんがん再読したよ。夏にああいうのを読むとイイのよー。
プルースト、カミュ、サルトルも読んでいるよ。年中読んでる。
あとはね、サリンジャーも読み返した。「バナナフィッシュにうってつけの日」の吸引力よ。
今は、パスカル・キニャール『アマリアの別荘』を読んでいて面白くて、このままでは家事が滞るのでいったん中断したところ。子供がいなかったら何もかも放り出して読み続けるんだけどね。
二年くらい山にこもってひたすら読書したいわあ。