2017/08/30

最近読んだ本 2017年2月から2017月8月分

ずいぶん更新していなかった。
相変わらず、たくさん読んでいますよ。
良い本も。クズ本も。
自分用メモ更新。
良かったものをいくつかピックアップ。

--
薄田泣菫『茶話』

キンドルで一気読みしましたよ。
やっぱり面白いのよね。
というか、この手の文章は自分にとって面白いところだけ拾い読みするといいよ。

--
中原中也『山羊の歌』
萩原朔太郎『猫町』『青猫』『月に吠える』

これまたキンドルで。
これは、じっくりじっとりゆっくり再読です。
たまに日本語の詩をゆっくり読むことは、薄汚い自分を浄化するために必要な恒例行事になっているよ。汚れていくばかりだと腐って死んじゃいますので。
私は、学生時代から朔太郎が大好きなのだけど、中也もいいね。と、今さら。

--
伊藤計劃『ハーモニー』(ハヤカワ文庫JA)



『虐殺器官』が良かったので読んでみた。
面白かった。美少女たちのディストピア。
こっ恥ずかしい人名にひるんで読まないのは損ですよ。

映画も観たが、まあまあだった。

--
『向田邦子ふたたび』(文春文庫)



写真や追悼文や年譜など。
山本夏彦も吉行淳之介もいいなあ。

--
リチャード・ブローティガン『愛のゆくえ』(ハヤカワepi文庫)



いいね。実にいい。ブローティガンは良い。
図書館の住み込み職員が主人公。もう三年も外に出ていないの。
これだけでちょっといいでしょ? 読みたくなるでしょ?

今は、『アメリカの鱒釣り』をちびちび再読しているところ。
ブローティガンは良い。実に良い。

--
チャールズ・ブコウスキー『パルプ』(ちくま文庫)



ブコウスキーはさんざん読んできたけど、これ未読だったのよ。
柴田元幸訳なのね。
やー、面白かった。訳も天才的。

--
ピエール・クロソウスキー『ニーチェと悪循環』(ちくま学芸文庫)



この夏は、ニーチェ関連本を乱読したのだ。その中の一冊。
これについては、今読んでいるドゥルーズのニーチェ論の感想といっしょに、あとで何か書く予定。
ていうかね、私もう、ニーチェとカミュと、あとはドビュッシーで生きていけるような気がしていたよ、今年の夏は。
でも、鈴木訳のプルーストもまだ読み終えていないし、バッハは水と同じくらい必要だし、コレットもマラルメもソレルスも読まないと死ぬし、スカルラッティもラヴェルも、と、きりがないのであった。
あら。クロソウスキーの話を全然していなかった。

次回に続く。

2017/02/06

最近読んだ本 2016年11月から2017月1月分

久しぶりの更新。自分用メモ更新。

--
カヴァフィス全詩集
コンスタンディノス・ペトルゥ カヴァフィス / みすず書房 (1997-10)



消化しきれず。また読むつもり。

--
ライフ・アフター・ゴッド
ダグラス・キャンベル クープランド / 角川書店 (1996-09)



再読。面白かった。やっぱり私はクープランドが好き。

永遠の恋人が、すぐそこにはいないということを自分に納得させるには、相当のエネルギーが必要になる。最終的に、自分を説得しきるのはとても無理なことなんだと思う。ベッドに横になったり、机の前に座ったり、橋の上方に膨らんだ雲をバックに空中旋回を続けるカモメたちを眺めたりしながら、カラダを自らの腕に抱いては、生温かい、チョコレートとウォッカの入り混じった吐息を街角で見つけた薔薇に吹きかけて無理に開花させようとしながら、分かっていたのは、感情のバランスを保つことがますます難しくなってきたということだけだった。
p.53

どうも喋り過ぎたようだ。見知らぬ人間に助けられるなんて、もしあったとしても、それほど多くはないだろう。たった一つのちっぽけな慈悲の行動が一生生き続ける想い出となってしまうほど、どうして我々の人生はこんな泥沼になっていくんだろう。どうやったら我々の人生はそこまで辿り着けるんだろう。
p.171

神なき時代に生きるボクらの人生。天国の際にありながらも、地球的な救世を求めてしまう人生。もしかしたら、これがボクらの望める最高のものなのかもしれない。とても平和な人生。夢の人生と本物の人生との境目が曖昧になっていくような瞬間。かと言って、疑念を抱きながらも、こんなコトバを発している自分がいるというのも、また事実だったりする。
p.225

--
過去をもつ人
荒川 洋治 / みすず書房 (2016-07-21)



面白かった。

大学にいるだけで、いろんなことがある。だいたい、そろっているなという感じがする。世界はそれで十分なのである。その点はいまも、あまり変わりはないかもしれない。
p.19

散文は近代社会の発展に応じてつくられた、人工的なものだ。人や社会と通じるため、自分の知覚を抑えて書くので、ほんとうは人にとって不自然。個人を振り落とす怖れがある。散文は異常なものである、という見方もできるかと思う。
p.105

--
インタヴューズ〈1〉マルクスからヒトラーまで
クリストファー シルヴェスター , Christopher Silvester , 新庄 哲夫 / 文藝春秋 (1998-10)



拾い読み。ところどころ面白い。

たぶん、神々はわれわれに心やさしいのです」、精神分析の父は言いつづけた。「老いてゆくにつれて、生きづらくなるようにしてあるのですから。結局、さまざまな重荷を背負うよりも死んだほうがましだと思えてくるのです」
p.373 ※フロイト

死と愛はひとつがいです。死と愛が手を組んで世界を支配しています。このことがわたしが拙書『快楽原則の彼岸』で言いたかったことです。
p.375 ※フロイト

--
職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹 / スイッチパブリッシング (2015-09-10)



面白かった。

--
夜の紅茶
江藤 淳 / 牧羊社 (1989-11)



面白かった。

母が亡くなったのは、今の数え方でいうと私が四歳半のときだったが、そういえば父が薔薇造りに凝り出したのも、母が死んでからであった。なにかの不在が、あとにのこされた自然の存在を、子供心にも強く印象づける、というようなことがあるのかも知れない。
p.27

エビのごとき、カニのごとき生きかたをするよりは、自分の所有が一切、一瞬のうちに暗闇に呑み込まれていくほどのマイナスを抱えて、その感触を楽しんでいるほうがよい。
p.135

--
虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA) 非公開
伊藤計劃 / 早川書房 (2014-08-08)



面白かった。
映画も面白かったよ。

「Project Itoh」
http://project-itoh.com/

--
VOGUE JAPAN (ヴォーグ ジャパン) 2015年 12月号



"SWEET DECADENCE"特集。新・陰翳礼讃論として、中沢新一が書いているので読んだ。面白かった。他のページもよく出来ていると思った。ファッション誌って、けっこう良い特集があるのよね。

--
つづく

2016/10/27

最近読んだ本 2016年9月10月分

読書メモです。
詩集をよく読みました。秋だしね。

前回分。
Cul-de-sac: 最近読んだ本 2016年7月8月分
http://pinokojack.blogspot.jp/2016/09/201678.html

--
東京の昔 (ちくま学芸文庫)
吉田 健一 / 筑摩書房 (2011-01-08)



面白かった。銀座はやっぱりイイなあ。

我々が生きているのを感じれば感じる程死を控えて今が今という時と思うものである。
p.116

--
寺山修司未発表歌集 月蝕書簡 非公開
寺山 修司 / 岩波書店 (2008-02-28)



今さら読みました。
いやー、実に寺山でしたよ。
寺山の真似をしている寺山といったかんじ。
面白かった。けど、若い頃はもっと面白かったなあ。
わたしが年をとったのだな。

暗室に閉じこめられしままついに現像されることのなき蝶
p.27

ビー玉一つ失くしてきたるおとうとが目を洗いいる春のたそがれ
p.96

肖像画の中より父が失踪し正方形に暮るる冬
p.122

--
谷崎潤一郎と異国の言語
野崎 歓 / 人文書院 (2003-06)



面白かった。これはもう一回読んでから何か書く。

--
秋風日記―随筆集 (1978年)
福永 武彦 / 新潮社 (1978-10)

面白かった。鏡花のこと、朔太郎のこと。ボードレールのこと、ネルヴァルのこと。などなど。
執筆中に聴く音楽のリストなんかも載っていたよ。バッハのチェンバロ曲、バッハの無伴奏チェロと無伴奏ヴァイオリン、マーラーの四番五番六番、など。

ちうか、引用したいのだけど、電子書籍で読んだのでできないのだ。
ちろっと検索したところ、決定的な解決策はないようで、みな困っている。端末によってページ数がかわっちゃうからね。ここらへん、何か決まりができるといいのだけど。
これから、こういうことが増えるかも。カモ。鴨。
最近ねー、電子書籍で買うことが多くなってしまって。わりとどうでもいい本や古くて手に入らない本は電子書籍で買う。
や、この、紙の本対電子書籍については何度か書いてきているので別エントリで詳しく書くよ。もーね、時流に負けたとしか。形態としての紙の本は、ウンベルト・エーコの言うように「車輪」と同じく完璧な発明でこれが最終形態である、という認識は変わっていませんの。我々母子は超速読者なので紙がいちばん便利。でも、キンドルいいよね。というお話。キンドルの他に、丸善ヘビーユーザーとして honto も使っているよ。Kobo も仕方なく。という話も。

--
快楽としての読書 海外篇 (ちくま文庫)
丸谷 才一 / 筑摩書房 (2012-05)



再読。面白かった。

今世紀の詩人を十人あげるとすれば、カヴァフィスははいるに相違ない。その偉大な、そしてほとんど未紹介の詩人を、彫心鏤骨の、しかも生きがよくて清新な訳で読む。快楽としての読書といふべきか。
p.243 ※中井久夫訳『カヴァフィス全詩集』(みすず書房) について。

(今、中井久夫訳『カヴァフィス全詩集』(みすず書房) を読んでいます。)

--
増補新版 幸田文: 生誕110年、いつまでも鮮やかな物書き (文藝別冊/KAWADE夢ムック)
河出書房新社編集部 / 河出書房新社 (2014-06-28)



面白かった。幸田文、好きなので。

でも、どうもこう、この手の特集本の対談ってむず痒い。わかるかな、この痒いかんじ。接待対談というか。

幸田文本人と、石川淳、大野晋、丸谷才一の座談会は面白かった。大野晋が良い。この座談会で、最近の人のしゃべり方をどうこう言っているのだけど、幸田文の話し方は下品だったらしいね。(「ぼくは以前、テレビで幸田文を見たが、話し方に品がないのにおどろいた。」荒川洋治『本を読む前に』(新書館,1999)p.122 ) YouTube にちょこっとあがっているけど、まあ、あんまり品が良くはないね。これが東京言葉って言われたら嫌な人もいるだろうな。とまあ、そんなことを思いました。

--
和歌のルール
渡部 泰明 / 笠間書院 (2014-11-04)



子供向け。娘ぴのこ (聡明で美しく勇気ある女子中学生) にどうかと思って読んでみたのだけど。
んー。この手の本って難しいんだろうなあ、と。
がんばって若者向けに書いている感じが見えすぎると言うか。
そもそも、中高生には大人向けと別に書かなくてもいいのでは。ふつう、もう大人の本を読めるよね。
内容は良かったと思う。

--
短歌 2013年 12月号 [雑誌]
KADOKAWA (2013-11-25)



短歌に関するパイセンからの助言って必ずと言っていいほど人生訓になるのが気持ち悪いなあ、と思いました。

あと、電子書籍に関するミニ特集がありまして、「端末って何ですか」というレベルからがんばって電子書籍を買って読んでみる「体あたり」「体験レポート」という記事が載っているあたり、この雑誌を買う人の層がそうなんだろうなと。層がそう。まあ、そういうカンジ。

--
本は、これから (岩波新書)
池澤 夏樹 / 岩波書店 (2010-11-20)



ここ最近、電子書籍で買うことが増えてきたので読んだ。

池澤夏樹編のエッセイ集。だいたい面白かった。池上彰とか松岡正剛とか上野千鶴子なんかも書いているけど、そこらへんは斜め読みでいい。

どうもこう、ノスタルジックな何かとしての紙の本、という切り口はむず痒い。そうじゃないんだよなあ。
わたしは、機能面でも紙の本が優れているところもあると思うので、そこらへんをちゃんと書いてあるものが面白かったよ。

奇妙なことに、「コデックス革命」以来の書物の歴史に逆行するかのように、ウェブサイトや一部の電子ブックにおいてページ概念が消滅している。ウェブデザインの初期には、「ホームページ」という言葉に象徴されるように、ページ概念がかろうじて留められていた。それがブログにとって代わられ、テクストの「巻物化」が顕著となった。ウェブ上では、「何ページ、何行目」という「座標軸」を使った知の共有ができない。さらに Twitter にいたって、「巻物」すら解体され、「竹簡・木簡」へと先祖返りしつつある。
p.66  ※「装丁と「書物の身体性」」桂川潤 pp.63-69 より

世の中に不要な本があると言っているのではない。すべての本に行きつく回路は、いうまでもなく開かれていたほうがよい。だが見果てぬ夢を手にした人々があまり幸せそうにみえないのは、喧伝される自由がそれほど楽しくないからだ。本を選ぶのはただでさえ大仕事なのに、「すべての本」からとなれば疲れるのは当然だ。検索エンジンを使って、あたかも自分の手で選んだかのような結果だけをスライドショーのように繰り出し続けることと、物理的に本を発見することは同じではない。アルゴリズムを借りたプロセスは、自分と本の中に記憶されない。
p.111 ※「誰もすべての本を知らない」柴野京子 pp.105-111 より

電子リーダーで読んだ本は、「この辺りにこんなことが書いてあった」と直感的にページを捲りなおすことが難しいと僕は実感しています。つまり、リーダーでの読書は体から遠い場所に記憶が保存されていると思うのです。
p.212 ※「本と体」幅允孝 pp.201-216 より

今道友信先生は今年に入ってのスピーチの中で、情報は知識になるが、本を読んで考えることは認識になる。知識と認識は違うことを知らなければならないと云われた。
p.229 ※「紙の本に囲まれて」福原義春 pp.224-230 より


--
プーチンの実像 証言で暴く「皇帝」の素顔
朝日新聞国際報道部 , 駒木明義 , 吉田美智子 , 梅原季哉 / 朝日新聞出版 (2015-10-20)



今さら読みました。ちうか、ざっと斜め読みしたきりになっていたのを、一応ちゃんと読んだよ。

まあまあ、面白かった。よくある悪の帝王本とは違うね。ちゃんと書かれていると思う。

全国一億二千万人のプーチン閣下ファンにとっては耳タコ話も多いけれども、最近興味をもったという希少種の人たちは読むといいよ。閣下がどうやってのし上がってきたのかがコンパクトにまとめてあって分かりやすい。

けどね、やはり、ところどころ、おかしい。むむっと思うところがいつくもあったよ。

わかりやすい箇所として。
プーチン閣下が小さい頃住んでいたアパートにはネズミが出た。あるとき、子供の閣下はネズミを追いかけて廊下の隅に追い詰めた。ということを、本人がインタビューで言っているのね。これを受けて、

「プーチンは自分より弱いとみなす人たちは隅に追い詰めても構わないと考えているようだ」p.189

という意見を紹介しているわけさ。
いやいやいやいやいやいや。これおかしいでしょう。ネズミ追っかけてそこまで言われるのかー。
わたしは自分にとって害と思う弱い生き物 (蚊とか) は容赦なく殺すので、「殺しても構わないと考えているようだ」なーんて言われちゃうんだなー。そうかー。ま、そうかもしれんけどね。

これ、「プーチンを直接知る人たち」へのインタビューによる取材、ということをウリにしているのだけど、まー、こうなっちゃうだろうな、という感じ。インタビューって擬似客観性の演出にぴったりだよね。朝日に限った話ではなく、えねーちけー様も得意な技だ。

もひとつ。どうにもすっきりしないのが、「第一五章 「引き分け」の舞台裏」だ。

2012年の大統領選直前のグループインタビューの話。これが、朝日様の手柄話として書かれているのだけど、実際はだいぶ違ったのよ。ということを、当時、リアルタイムでさんざん書いたのでリンクしておく。このとき頑張った若宮さん、亡くなったからね。あんまり書くとまた故人の悪口言うお前が死ねとか言われるんで、リンクだけにしとくよ。(一応付け加えておくと、若宮さん個人の悪口は書いてませんよ)

March 2nd, 2012 - Salut ! http://pinokojack.livejournal.com/2012/03/02/
March 3rd, 2012 - Salut ! http://pinokojack.livejournal.com/2012/03/03/

一ヶ所だけ引用。

「ところで。しつこいようですが。閣下の国外メディア会見の話。一昨日の会見では、ドイツ、イタリア、フランス、日本、英国、カナダのメディア代表者がプーチン閣下といっしょのテーブルにつきました。で、ドイツ、イタリア、フランス、英国、カナダのメディアが続々と記事をアップしているなか、日本の朝日は北方領土問題を大々的に報道したきり、総括的な記事は出していない。」 http://pinokojack.livejournal.com/2012/03/03/

--
アマリアの別荘
パスカル・キニャール / 青土社 (2010-05-25)



面白かった。
主人公の女性が、ガンガン身辺整理をするところにグッとくる。
人があっさり死ぬところにもグッとくる。
死はすぐそこにあるんだなあ。

日記ブログに書いた感想をコピーしておくよ。

「パスカル・キニャール『アマリアの別荘』を再読。とても良い。
主人公の女性がガンガン身辺整理をしてそれまでと違う生き方を始めるの。いろんなものをガンガン捨てる。連絡手段も捨てる。男も捨てる。そして、「アマリアの別荘」に住むことになり……。と、ここからは圧倒的な幸福と不幸が溢れる強烈なお話になっていくのだけども、そこまでの身辺整理のところからもうイイのよね。グッとくる。

いろんなものを捨てるのってイイよね。どんどん自由になるかんじ。
いっそ自分自身もどこかに捨ててしまいたい。空になりたい。「そら」でも「から」でも「くう」でも何でもいい。空になりたいねえ。」
https://goo.gl/rriiPi

--
東京日記―リチャード・ブローティガン詩集
リチャード ブローティガン / 思潮社 (1992-08)



とても良かった。

「東京/一九七六年六月十一日」
ぼくが今日早くに
手紙に書いた
   五つの詩が
パスポートを入れているのと
おなじポケットにある 詩とパスポートは
おなじものなのだ 
Tokyo / June 11, 1976
pp.123-124

「タクシーの運転手」
ぼくはこのタクシーの運転手が好きだ
まるで生きることに意味がないみたいに
   東京の
暗い通りをかれはとばしてゆく
ぼくもおなじように感じているんだ 
東京
一九七六年六月七日
午後十時
Taxi Driver
p.149

--
ほんとうの私
ミラン クンデラ / 集英社 (1997-10)



まあまあ面白かった。けれども。
ぐぐっと迫ってくる場面がないんだなあ。クンデラなのに。

--
小説の技法 (岩波文庫)
ミラン・クンデラ / 岩波書店 (2016-05-18)



まあまあ面白かった。が、少し窮屈な気も。いずれ詳しく書く。

人間は諸科学の飛躍的な発展によって、様々に専門化された領域のトンネルに押しやられ、知識が増えれば増えるほど、世界の全体もじぶん自身も見失っていった。その結果、フッサールの弟子のハイデガーが「存在忘却」という美しく、ほとんど魔術的な言い回しで呼んだものの中に沈み込むことになった。
p.12

ただ小説だけが発見できることを発見することこそ小説の唯一の存在理由だ、と執拗に繰りかえし述べたヘルマン・ブロッホを私は理解し、彼に賛同する。それまで未知だった実存の一部分でも発見しない小説は不道徳であり、認識こそが小説の唯一のモラルなのだ。
p.14

一見、現在時ほど明白で、触知でき、確実なものはありません。とはいえ、現在時は私たちの手から完全に逃れるものであり、人生の悲しみのすべてはそこにある。
p.39

美とは、もはや希望がなくなった人間に可能な最後の勝利のことだ。芸術における美とは、不意に輝き出す、かつて言われたことのないものの光であり、時間は偉大な小説から発するこの光を暗くす
ることはできない。というのも、人間の実存はたえず人間によって忘れられるので、たとえいかに古いものだろうと、小説家たちの発見は私たちを驚かすことをけっしてやめないからだ。
pp.169-170

忘却とは、絶対的な不正であると同時に絶対的な慰めのことなのだ。
p.200

--
フランス名詩選 (岩波文庫)
安藤 元雄 , 渋沢 孝輔 , 入沢 康夫 / 岩波書店 (1998-03-26)



対訳本です。とても良い。
ああ、わたしやっぱり、フランス文学が大好きだ。

61 Le Vin perdu
Paul Valéry 
J,ai, quelque jour, dans l'Océan,
( Mais je ne sais plus sous quels cieux )
Jeté, comme offrande au néant,
Tout un peu de vin précieux... 
Qui voulut ta perte, ô liqueur ?
J'obéis peut-être au devin ?
Peut-être au souci de mon cœur,
Songeant au sang, versant le vin ? 
Sa transparence accoutumée
Après une rose fumée
Reprit aussi pure la mer... 
Perdu ce vin, ivres les ondes ! ...
J'ai vu bondir dans l'air amer
Les figures les plus profondes...

61 消えうせた葡萄酒
ポール・ヴァレリー 
いつだったか、私は、大海原に、
(どこの空の下だったかは忘れたが)
そそいでやった、虚無への捧げ物として、
ほんの少しの 貴重な葡萄酒を…… 
誰がおまえを捨てたりしようか、おお 酒よ?
あるいは私は占い師に従ったのか?
それとも 心の不安にかられながら、
血を流す思いで葡萄酒を流したか? 
いつもながらの透明さを
一陣の薔薇色の煙のあとで
あんなにも純粋に 海はふたたび取り戻し…… 
この葡萄酒の消えたとき、酔ったのだ 波が!……
私は見た 潮風の中へ躍り出る
底知れぬものの形の数々を…… 
pp.226-229


--
長くなっちゃったので、いったん切ります。
続きはそのうち。